ジョジョの奇妙な冒険第5部「黄金の風」テーマ考察【結果と過程と運命論】

ジョジョの奇妙な冒険第5部アニメが終わったので

「どんな物語だったのか?」

をネタバレありで考察します。

参考記事:ジョジョ5部(黄金の風)アニメの動画配信サービス(VOD)まとめ【全話感想あり】

ジョジョ全話感想 ジョジョ5部(黄金の風)アニメの動画配信サービス(VOD)まとめ【全話感想あり】

 

ジョジョの奇妙な冒険第5部と「荒木飛呂彦の運命論」

ジョジョの奇妙な冒険第5部を読み解く時に、役立つ文章はなにか?

作者の荒木飛呂彦さんの「運命論」です。

ざっくりいうと

  • 人間には定められた運命があり、それは変えられない
  • 変えられないと知っていても、運命に立ち向かうのか諦めるのかがポイント

なのかな、と解釈しています。

パカログ

荒木先生の言葉をまとめました

 

荒木飛呂彦のジョジョの奇妙な冒険第5部の「あとがき」

ジョジョの奇妙な冒険第5部「あとがき」には以下のように書かれていました↓

「生まれて来た事自体が悲しい」場合、その人物はどうすればいいのだろうか?

人は生まれる場所を選べません。

幸せな家庭に生まれる人もいるし、最初からヒドイ境遇に生まれる人もいます。

で、もし「運命」とか「宿命」とかが、神様だとか、この大宇宙の星々が運行するように、法則だとかですでに決定されているものだとしたら、その人はいったいどうすればいいのだろうか?

そのテーマがこの第5部『黄金の風』の設定であり、登場する主人公たちや敵たちです。

引用元:ジョジョの奇妙な冒険第5部

人には運命があり、それが変えられないとしたら?

その人はどう生きるべきか?

そんな風に荒木先生は最初に考えたようです。

 

彼らは「運命」「宿命」に立ち向かい、
それを変えていく事なんてできるのだろうか?

そのことをずっと考えながらこの第5部を描きました。

執筆した時期とか状況もあってとても苦しく暗い気分になりました。

どうしよう?

「運命」とか「宿命」とかが、そんなに簡単に人間の努力とか根性とかで変えられたら、
そんなの最初から「運命」なんて言わないと思うし、軽々しすぎる。そう思いました。

じゃ主人公たちは、どうやって脱出すればいいんだ?

その答えをぼくにくれたのは誰あろう、主人公たちでした。

主人公たちは「運命」や「宿命」を変えようとはせず、
彼らのおかれた状況の中で「正しい心」を捨てないことを選んだのです。

正義の心の中にこそ「幸福」があると彼らは信じて。自然にそうなったのです。

引用元:ジョジョの奇妙な冒険第5部

「運命を変える」という言葉は様々な作品で使われます。

しかし「そもそも変えられないからこその運命」と考えると、矛盾してしまいます。

最終的にジョルノ達は運命を受け入れた上で、そこに立ち向かうという選択をします。

パカログ

いわく、自然にキャラクタたちが動いたのだ、と

 

ジョジョ的世界観。運命で全ては決定されている?

また、ジョジョの奇妙な冒険63巻でも荒木先生は以下のように述べています

『運命』ですべて決定されているとなると、

努力したり喜んでも仕方がないという考え方も生まれてくる。

そこなんですよ、人間賛歌を描いてて悩む点は。

答えはあるのか?

引用元:ジョジョの奇妙な冒険第5部

 

あるいは、ブチャラティの過去を語るエピソードでは「漫画内の天の声」として以下のような描写もありました↓

「運命とは 自分で切り開くものである」とある人はいう…
しかしながら!
自分の意志で正しい道を選択する余地などない
「ぬきさしならない状況」
というのも
人生の過程では存在するッ!

引用元:ジョジョの奇妙な冒険第5部

ってことで、

人間というのはすべからく運命に支配される存在というのが、

ジョジョの奇妙な冒険の「前提条件」として知っておいた方が良いことです。

 

最終話の「眠れる奴隷」とローリング・ストーン(ズ)はなんだったのか?

JOJO5部の最後は、ディアボロを倒しハッピーエンド!

…と思いきや「眠れる奴隷」という謎エピソードが突如挟まれます。

これは、ジョジョ5部の最初(広瀬康一がジョルノと出会うシーン)の直前の話です。

パカログ

いわばプロローグ

 

何故、このタイミングでこんな話が?って感じですが、

ジョジョ5部のテーマに大きく関係している話なのです。

 

内容を説明すると、

  • ブチャラティは死ぬ運命だった
  • ローリング・ストーン(ズ)の能力で、ジョルノと会う前にブチャラティは死にかけた
  • ミスタの捨て身でローリング・ストーン(ズ)の能力を回避した
  • ブチャラティが死ぬのは延期(というか元の運命通り?)になった
  • しかし、ローリング・ストーンズの能力を回避した代償として、アバッキオ&ナランチャの死期も早まった

という感じ。

 

ローリング・ストーン(ズ)のスタンド能力が分かりづらいので解説

ローリング・ストーンズってどんなスタンドなのか?

一見すると分かりません。

 

まず、ジョジョの世界観では、

「人の運命は決まっている。死ぬ運命も定められている」

という前提があります(たぶん)。

 

そして、ローリング・ストーン(ズ)のスタンド主であるスコリッピは、たまたま「死の運命」を感じ取れる人物でした。

そんな彼のスタンド能力は「死ぬ運命の人が近づくと、安楽死させるよう動く」というもの。

パカログ

これは自動で発動し、スコリッピ自信に操る事はできません。

 

ローリング・ストーン(ズ)のスタンド能力は現実世界に石として登場します。

その石に「死ぬ運命の人」が触れると、その人は運命より早く安楽死します。

さらに、安楽死すると、周囲の人に利益をもたらす副次効果が付いています

パカログ

死んだ娘の臓器によって、依頼主の父親は生き延びましたね

 

一方で、石を破壊するとスタンド能力を回避することができます。

ミスタは捨て身で石を壊し、スタンド能力(ブチャラティの安楽死)を回避しました。

ただし代償として「利益」の代わりに「周囲の人に害」をもたらされるという結果に。

パカログ

石の残骸にナランチャとアバッキオが追加されて、はやく死ぬようになってしまったんだと思います

 

スコリッピの性格に関する一考察

これは妄想考察なのですが、ローリング・ストーン(ズ)のスタンド主スコリッピは優しい性格なのだと思います。

死ぬ運命は避けられないことを、幸か不幸か知っている。

運命のとおりに死んだ人々を、子供の時から見てきた。

 

優しい性格の彼は「せめて苦しまずに死なせてあげたい」という思いを無意識に持っていて、それがスタンド能力として開花したんだと思います。

パカログ

更に言うと、その「死」に意味があるようにしたい…という優しさもあり「その人の死が、他者の利益になる」という風になったのかな

 

ブチャラティが大切にした「過程」が結果に結びついた

結局ブチャラティは「運命」の通り、死んでしまいます。

ただ、ジョルノと会う前に死んでいたら、この第5部の物語が始まらなかったですね。

涙目のルカの調査にブチャラティ以外が行っていたら、どうなったか?

想像ですが、ジョルノとフーゴが出会っていたら、ジョルノはパッショーネに入ろうとはしなかったはず。

更に言うと、ジョルノのお蔭で「心が生き返った」ブチャラティもいませんので、仮にボスのもとにトリッシュを送り届けたとしても、他のメンバーはトリッシュが殺されたことを受け入れていたでしょう。

パカログ

結果、ボスに辿り着く唯一ともいえる足跡は消えて、ボスは永遠に頂点にい続けたかも。

 

そんなブチャラティを活かしたのはなにか?

「ミスタの捨て身の行動」でした。

死なない運命なら何をしても平気なので、ビルから飛び降りました。

パカログ

スタンド能力から死なないと知っていても、普通はそんな自殺的行動はできませんよね…。

 

これって、ブチャラティが大切にした「過程」(ミスタへの優しさ)のおかげだよな、とも思います。

ブチャラティは「麻薬撲滅」という結果を見ることもなかったですが、その黄金の意思と行動はジョルノに受け継がれました。

ディアボロを倒しギャングのボスになったジョルノ。

彼が「組織の麻薬販売」を辞めさせたことは、恥知らずのパープルヘイズという外伝小説に書かれているので興味があればどうぞ

 

最後は幸福だったブチャラティの物語

ブチャラティは、ずっと周囲の人々に縛られて生きていました。

そもそもがキャラクタ紹介からして

  • あまり豊かではない漁村に生まれた
  • 麻薬事件に巻き込まれた父親の命を守るため殺人を犯し、ギャングの世界へ入る
  • ブチャラティの基本的な性格は父親から受け継いだ「やさしさ」
  • 運命においては、その「やさしさ」が彼の弱点となった

と言われています。

運命、そして周囲の人々に「縛られて」生きていました。

 

ブチャラティのジッパー描写。心と身体の対比

一度は信じた組織に裏切られ、彼の心は閉ざされます。

閉ざされたその心、

心を閉ざすブチャラティ

心を閉ざすブチャラティの描写(引用元:ジョジョの奇妙な冒険第5部)

肉体は生きているが、心は死んでいる状態。

 

しかし、ジョルノと出会い、彼の心は復活しました。

そして、運命に抗うことを選択。

「任務」は終わっただと?
ボス
違うぜ…… まだ続いてる!
トリッシュはおれ自身の命令で護衛するッ!!

引用元:ジョジョの奇妙な冒険第5部

俺は「正しい」と思ったからやったんだ
後悔はない…
こんな世界とはいえ オレは
自分の「信じられる道」を歩いていたい

引用元:ジョジョの奇妙な冒険第5部

運命に抗う、心を開いたブチャラティ

運命に抗う、心を開いたブチャラティ(引用元:ジョジョの奇妙な冒険第5部

 

最後は幸福だった。あるいは運命の話

ブチャラティは「幸福だった」と語り、死んでいきました。

まとめると、

  • ジョルノと出会う前:体は生きている。心は死んでいる。運命は受け入れるだけ
  • ジョルノと出会った後:体は死んでいる。心は生き返った。運命に抗う

という変化です。

幸福というのは、体の状態にはない。

パカログ

未来への意思を持ち、運命に抗う心こそが、幸福への鍵だった、ということですね。

ジョルノ……
オレは… 生き返ったんだ
故郷… ネアポリスでおまえと出会った時…
組織を裏切った時…にな…
ゆっくりと死んでいくだけだった…オレの心は生き返ったんだ…
おまえのおかげでな…

引用元:ジョジョの奇妙な冒険第5部

 

【まとめ】ジョジョの奇妙な冒険第5部のテーマ考察

最後に、ジョジョ作者の荒木飛呂彦さんの創作に関する本の一節を引用します↓

漫画を描きたいのならば、漫画の王道を知り、その「黄金の道」を歩むという意識を持ってほしいと思います。
そして、漫画の王道は、時代を超えて愛され、受け継がれていく名作に行き着くはずです。
単に一過性でヒットすればいい、という人は、たとえいくつかのヒット作を出せたとしても、本当の意味での漫画の王道を知ることはないでしょう。

引用元:荒木飛呂彦の漫画術

 

ジョジョ自体が、ヒットさえすればいいと言う考えではなく「漫画の王道を歩む」という覚悟のうえに作られた話だと分かります。

ディアボロのように「結果」だけを追い求めるのではなく、ジョルノやブチャラティのように黄金の道という「過程」を大切にする。

それゆえ、生まれた名作だ、って話ですね。

 

ひるがえり、我々はどうするべきなのか?

「定められた運命に抗う」

それが答えなのかなと思いました。

パカログ

ジョルノたちの旅路から伝わった「希望」を胸に生きていきたい

 

【おまけ】

ジョジョの物語は第1部から脈々と続いていく血統の話です。

当然ながら、第5部の次は第6部。

主人公の空条徐倫のスタンド名は「ストーン・フリー」です。

ストーン(石の海)と、フリー(自由)。

石の牢獄から自由になる物語、あるいは硬く定められた運命から自由になろうとする物語です。

荒木飛呂彦先生、そして私たち読者の「運命」との対峙はまだまだ続くのです。

To be continued…

 

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※まだアバッキオとディアボロについて触れていないので、あと3000文字くらい追記予定です

1 Comment

実年JUMP

>ミスタは捨て身で石を壊し、スタンド能力(ブチャラティの安楽死)を回避
>ただし代償として「利益」の代わりに「周囲の人に害」をもたらされるという結果

「眠れる奴隷」が奥深いメッセージを持ったエピソードだったという事に
パカログを読んで初めて(今更)気がつきました。
週刊JUMPで読んでいた頃は、何か「おまけ」のような作品だと感じて
軽視してしまいました。
・・・と、言うのも自分にとっての5部への興味は、アニメで言うとこの
31話(ジョルノvsチョコラータ戦)で終わり、コロッセオに辿りいついた
辺りから、5部は全然話が見えなくなっていたからです。
3部を読んでなかったので、ポルナレフを知りませんでした。
それまでも「何かよく判らない」シーンがあっても無理に飲み込んできた
5部でしたが「精神が入れ替わる章」から話について付いて行けなくなり、
そこから、ダラダラ話が続いて、気がついたら最終回!といった感じでした。

>未来への意思を持ち、運命に抗う心こそが、幸福への鍵だった

自分が「おまけ」だと考えていた「眠れる奴隷」がこの5部の「まとめ」・
「神髄」であった訳ですね。

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