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小池龍之介「運命とうまく付き合うレッスン」の感想。自然に任せて楽に生きる

小池龍之介「運命とうまく付き合うレッスン」の感想・書評です。

東大卒の僧侶として有名な小池さんの仏教書です。

  • 生活がしんどい
  • 自然に生きたい

という気持ちになったときに読んでみると良いですよー

小池龍之介式「運命とうまく付き合う方法」

運命とは何か?運命と上手く付き合うとは?

小池さん流の語り口で、理路整然と語ってくれます。

運命=自然

小池さんは本書の中で「運命=自然」という立場をとっています。

そして自然とは、田舎に広がる緑だけを指していません。

私が今、執筆するのに使っているペンも原稿用紙も、床も天井も、この建物も、街もすべてが自然なのです。

自然でないものが、何かあるだろうか。そう考えてみると、そんなものは見つからないほど、すべてのものが自然現象としてそこにあるのです。

それらが自然であるというのは「自ずから然らしむる」と書き下すように、私達の意思とは独立して、勝手に起きる出来事だということですね。私達は生まれるのも老いるのも病むのも死ぬのも、自分で決めてしまうことはできないのですから。

自分を構成する環境すべてが「自然」だという定義で話は進んでいきます。

 

私達は、運命の中に投げ込まれている

私達を取り巻く環境「自然」。

私達の脳味噌は、自然に対して逆らうのが大好きな性質を持っています。

  • 「こんな人と一緒にならなきゃよかった」と人を恨む
  • 「なんで私が癌にならなきゃいけないの?」と病気を呪う
  • 「年取るのは嫌だ」と愚痴を言う

など。

とにかく「自然」に対して文句を言って、戦争をしかけているようなものです。

 

自分も含めた自然・現状に対して「もっとこうなれ」「ああなれ」と命令を下すのが大好きです。

しかし、自然は「自然である」が故に、人間の意識の思惑には従ってくれません

あくまでも、自然そのものの中に備わった一定の法則に基づいて変化していきます。

 

べつの言い方をすると「運命(自然)の中に投げ込まれている」ということですね。

そんな中で「自然法則」に対してツバを吐きかけても、そのツバは自分に返ってきてしまいます。

「思い通りにしたい」しかし「思い通りにならない」現実がそこにはあります。

この状況が、仏教の根本的な考えである「苦」の正体です。

その事実に気づいた上で「苦しまないで生きましょう」というのが仏教のスタンスですね。

 

苦しまずに生きるには、自然(法則)と調和するしか無い

自然(法則)というのは変えようがありません。

しかし、人間は「自然を変えたい」(こうしたい、ああしたい)と思ってしまいます。

その結果、苦が生まれます。

 

では、苦しまないで生きるにはどうするか?

「自然におまかせして生きる」という方法を小池さんは勧めます。

 

自然におまかせする

「自然におまかせする」とはなにか?

「おまかせ」といういっても、すべての努力を放棄して、その辺りにゴロゴロ寝転がる…というものではありません。

もっとシンプルに「今この瞬間に自然から与えられた運命に従う」という話です。

「運命」という単語には、私は抵抗があったのですが、小池さんは以下のように語ります。

自然から与えられた運命、などと大げさな言葉でいきなり畳み掛けてしまいました。

が、たとえば「今は料理をつくるのに適したとき」「今は、食事が終わってお皿を洗うタイミング」などなど、自分の中を流れる自然のリズムに耳をよ~く澄ませておきさえいたしましたら、私達には時々刻々と、使命が与えられていることに気づくはずなのです。

 

簡易な言葉でいうと「やるべきタイミング」に従うということですかねー。

  • 目の前で人が話していたら、脳内の妄想を辞めて相手の話を聞く
  • 部屋が汚れていることに気づいたら、掃除をする

などしごく当たり前のこと。

ただ、多くの人が思い当たると思うのですが「集中できない」「後回しにしちゃえ」という考えを持ってしまうことがありますよねー。

これを小池さんは「脳内の混乱」と呼び、辞めるべきだと語ります。

 

脳内の混乱(迷い)のせいで人は疲れる

人の考えというのは、二つの相反するものが続けて生まれます。

例えば、「人におごって認められたい」「でもお金が勿体無いからケチりたい」。

あるいは、「勉強して将来に役立てたい」「面倒くさいからゲームしたい」など。

仏教用語的に言うと「二つの欲望(煩悩)」が互いに争い合っている状況ですね。

 

こういった状態になると

  • 頭の中が混乱する
  • 混乱した状況を続けるほど心が定まらず、精神が疲れてしまう

という問題があります。

 

そういった煩悩を見つることがまずは最初の一歩になりますね。

自分の混乱状態に気づく、ということです。

 

ローマの哲人マルクスも「自省録」で自然について書いていた

仏教からちょっと離れて、ローマの哲人マルクス・アウレリウス・アントニヌスの話です。

彼の日誌(自省録)の中で自然について触れている箇所があります。

万物を与えまた取り上げる「自然」に向かい、共用有る慎み深い者は言う、「あなたの欲するものを与えて下さい。あなたの欲するものを取り上げてください」と。ただし彼はそれを言うのに虚勢を張ってではなく、「自然」に恭順し心服してなす。

おまえが何か自分の外にあるものゆえに苦しむ場合、おまえを悩ますのはその外なるものではなく、それについてのお前の判断である。しかしこれならば、それ(自分の判断)を打ち消すことはお前の力にできることである。

どんなものであれ、美しいものはすべてそれ自体からして美しく、それ自体で完結している。称賛されることを、その美しさの一部分として含むことはない。称賛されることによって、より悪くなったり良くなったりはしないのだ

ローマ時代の哲学者も、現代の仏教実践者も「自然に従う」というところにたどり着いているんですね。

やはり、この考え方は一度試してみるべきですね~。

それこそ、この本を読んだので、自然に行動する感じで。

 

小池龍之介「運命とうまく付き合うレッスン」まとめ

小池龍之介「運命とうまく付き合うレッスン」は、自然と調和する生き方について、論理立てて優しく語る一冊でした。

本書の考え方のポイントは、ずばりコレだと思う一説がありました

  • 「最終的にはなんとかなるでしょう」
  • 「もしもなんとかならなくてすら、それも最終的には受け入れるだけの柔軟さが、この心には備わっているのだから、なんとかならなくてすらOK!」

この二重のセーフティーネットで守られた心にこそ安らぎはあるのだと思います。

こんな「境地」に至る小池さんの思考の断片と手順。

本書を読んで、ぜひ覗いてみてください。

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