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森博嗣の「悲観する力」で知ったやる気に頼らない人生設計と本能論【感想】

森博嗣さんの新書「悲観する力」の感想です。

「やる気に頼らない人生設計」という考え方を得られたことが非常に良かったです。

自分自身の馬鹿なところにも気づけましたし、なぜ「思った通りの生活が送れていないのか」について考えることができました。

人間には本能と理性がある

人間には本能と理性があります。

これは、心理学の世界でも言われている事実ですね。

※名著「ファスト&スロー」風に言うと、早い脳(システム1)と遅い脳(システム2)です。

 

ついつい人は、直感的で早くて感情的な「本能」に支配された選択をしてしまいます。

しかし、自分を遠くまで、目的まで導いてくれるのは常に「理性」です。

 

この「理性」的な考えとは、法則の理解未来予測です。

  • 【法則理解】「A→B」という法則を理解すること。
  • 【未来予測】更に、それを未来に適応すること。

これさえできれば、人間は合理的に生きられます。

…と思っていましたが、どうやら、そう簡単ではありません。

人は、無意識のうちに「本能(感情)」に影響されていることに、本書を読んで気づきました。

 

理性的な判断に潜む感情(本能)

判断の対象を未来に向けた場合に、理性だけでなく感情(本能)が紛れ込んでいるようです。

基本的に、未来を考える時というのは、

  • 【1】「A→Bという過去の事象があった」
  • 【2】「Aという行動をする」
  • 【3】「故に未来はBになる」

という論理を使います。

 

ただ、これってかなり省エネな発想でして、もっと色々な可能性があります。

そもそも「A→B」という論理展開が間違えているかも

そもそも「A→B」という論理展開が間違えているかもしれません。

  • A→B以外にも、A→Cという事象があった
  • そもそも「A&X→B」で、Xも関係していた
  • なんなら「Y→B」でBに行く道は他にもある

という風に、そもそも成り立たないかも知れません。

あるいは、Bに到達するには他の道があるかもしれません。

 

「Aという行動をする」というのもそもそも可能なのか

次の問題は「Aという行動をする」というのもそもそも可能なのか?という点。

  • 現状は「A」と認識してるが「S」かもしれない
  • なんなら「A」と限りなく近いことをやってもそれは「A’」にしかならない

という感じ。

つまり過去に観測した、あるいは思い描いている「Aという行動」自体がそもそも実現しないのでは?ということですね。

 

…という感じで、

  • 【1】「A→Bという過去の事象があった」
  • 【2】「Aという行動をする」
  • 【3】「故に未来はBになる」

という論理は成り立つのか?というと、必ずしもそうじゃないよね、ということに気づけます。

そもそもこの「パッと思いついた、それっぽい論理」を人は信用しすぎてしまうようです。

 

「悲観する力」あるいは「安全側に倒す」という思想

そこで登場するのがタイトルの「悲観する力」です。

 

つまり「想定がうまくいかなかった時にどうするの?」を考えるということ。

私が読んでいて感じたのはNHKの「ピタゴラスイッチ」です。

※本書ではそんなこと書かれていませんw

 

ピタゴラスイッチを作るのに必要なのは「悲観する力」

ピタゴラスイッチを作るのに必要なのは

  • 珠が転がっていった先で、どう動くか計画する
  • 予想外の動きをいかに抑えるかを考える

という2つのプロセスが必要です(多分)。

 

この後者の考え方がなかったら、珠が最後までたどり着かなそう(確率が低そう)ですよね。

ということで「珠が予想外の動きをしたらどうするか?」悲観して、動きがそれた時の対応をピタゴラスイッチエンジニア(※)は作っているのです。

※そんな職業があるのかは謎です

 

自身の計画や未来予想にも「悲観」を使う

自身の計画や未来予測にも、この「悲観の力」を使いましょう。

先程の例の「Aをやる」「A→Bになる法則を信じる」に関して言えば、

  • 「A」をやろうとしてやれない場合のバックアップ(簡単な「X」)を用意する
  • 「A→Bの確率」を計算する。A→Cというケースの可能性も考える
  • 「A→B」の他の条件の見落としを考えてみる(A以外の要因はないのか)

などを考える、というか、悲観することですね。

 

やる気に頼らない人生設計・今日の計画

「やる気に頼らない人生設計・今日の計画が大事だ」というのが本書を読んで私が一番衝撃を受けたところです。

森博嗣さんの過去の本でも

  • 毎日絶対にできる範囲で仕事を計画する
  • 身内の不幸や自身の隊長不良が起きても平気なスケジュールを組む

といった趣旨のことは述べられています(正確ではないです)

その大本の考え方がこの「悲観する力」です。

 

悲観する力を身につけると「やる気」に頼らなくて良くなる

悲観する力を身につけると「やる気」に頼らなくて良くなります。

というか「やる気」というファクターを計画に盛り込まなくなります。

 

「やる気」というのは人間の体調・環境によって簡単に左右されてしまうものです。

それ故、計画に組み込むには少々厳しい。

というか無いもの(マイナスに引っ張るもの)として取り込んだほうが良いでしょう。

 

先程のピタゴラスイッチの例で考えると、野外でやる時の「風」みたいなものですね。

追い風になって速度が上る可能性はあるけど、それ以上に横にそれたりする(=やる気が出ない)危険性がある。

ということで、横にそれないような工夫が必要になってくる、というわけです。

 

思えばやる気に頼ってきた人生だった

思えば「やる気に頼ってきた人生でした」と太宰治が語りたくなるような半生です。

唯一の例外は、大学受験の時でして「受験に落ちたら人生終わる」という思い込みが「悲観する力」に繋がり、無事に合格できました。

 

その後の人生は、気がついたら、悲観ではなく「楽観ベース」で人生を進めていました。

  • きっと、いつの間にか大成功している
  • やる気が出て一気にやって、すべてを挽回できる

みたいな、ガムシロップなみの甘い妄想を頼りに過ごす日々。

 

結局の所、計画をねって行動はするものの、なにかと障害、トラブルが発生して頓挫を繰り返します。

そのたびに「決意」と「やる気」が足りなかったと思っていました。

 

見方を変えると、目標に対する真剣度がなかっただけかもしれません。

ゲームのボスキャラにとりあえず挑んで見るような気軽さ。

遊戯王の闇のゲーム(負けたら命を奪われる)みたいな真剣さがあったら、もっと入念な計画を立てていたはず。

 

悲観のバランスの難しさ

ってことで、悲観するのは大事ですが、ついついサボってしまうのも事実です。

これは人間の脳が省エネで、悲観するより楽観するほうが「たのしい」&「ラク」だと考えるからですね。

 

では悲観しましょう!

と言いたいところですが、最後の関は「どこまで悲観するの?」というバランスです。

過保護な母親と一人息子の始めての旅を悲観する

過保護な母親が、息子のはじめての一人旅について考えると

  • 飛行機が遅れたらどうしよう
  • 旅行先の町で不審者に話しかけられたらどうしよう
  • お金を落としたらどうしよう
  • 病気になったらどうしよう

などを考えると思います。

 

で、さらに突き詰めると、

  • 地震が発生したらどうしよう
  • 海外の国が攻めてきたらどうしよう
  • いきなり隕石降ってきたらどうしよう
  • 重力(引力)がいきなり変化したらどうしよう

とかも考えられますよね。

ここまで考えるとやっぱり行き過ぎで「悲観しすぎ」という印象です。

この辺りのバランスの答えは見つかっていません。

※無限に可能性だけなら出てくるから、自分なりのボーダーラインを決めると良いはず

 

結局大事なのは「本能」を考慮すること

結局大事なのは「本能を考慮すること」かな、と思います。

人間の判断、行動、予測には「本能のバイアス(思い込み)」が含まれている。

その事実を理解しておく。

 

その上で、本能が織り込まれても平気なように

  • 計画のときには、バックアッププランをしっかり立てる
  • 本能的な行動をしたくなったときのために、周囲の環境の力を借りる
  • 他人に計画を説明してみることで、客観視する(理性的に見る)

などの対応をすると良いと思います。

 

って感じで、

  • やる気に頼らない
  • 本能に支配されない

ようにしつつ、人生設計をやりなおしてみようと思います。

 

以上、「悲観する力」についてのお話でした。

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