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出世をこばむ先輩の話

「出世しないようにしているんだよね」

わたしが仕事の方向性を考え直したのは、先輩のそんな一言だった

 

社会人1年目の「上昇志向」

手探りなまま社会に放り込まれてサラリーマンになった私は「とりあえずの上昇志向」で生きていた

日々の残業は当たり前のもの

休日出勤もいとわない

仕事時間前も仕事時間後もカフェに張り付いての勉強

 

きっと、不安だったのだと思う

生きることは難しく、社会のレールから落ちることは容易い

評価されること、出世することがゴールであり、その一直線の道を誰が一番早く走れるかというゲーム

そんな風に考えていた

 

おかげで1年目の評価はかなり良くて、給料も大きく上がった

称賛されること、自信を持てることは気持ち良い

その裏で、軋む体と精神に気づくことは出来なかった

 

社会人2年目、先輩との出会い

怒涛のように過ぎ去った日々を過ぎ、迎えた2年目

私はあいも変わらず、忙しい日々を送っていた

忙しさが増すほど、脳裏に突如浮かぶ言葉があった

「こんな無茶な働き方を、あと40年も続けるのか」

 

成長のため、食いっぱぐれないため、生き残るため

この道をただ、進んでいくしかない

そんな気持ちと裏腹に、ブレーキをかける言葉

しかし当時の私は、そんなシャボンのように現れて消える言葉を、掴むことが出来ずにいた

 

 

先輩と会ったのは、6月の飲み会だった

恰幅よく、人の良さがにじみ出る見た目、物腰も穏やか

周囲からは「若手の中でも期待されている優秀な人物」と聞いていたので、事前のイメージとは大きく違っていた

 

騒がしい店内、私は先輩の隣席に座った

私の趣味と先輩の趣味は共通するところも多く、すぐに打ち解けた

飲み会とはいえ、久しぶりに仕事の場でプライベートなことを話した

私は完全に心を許しきっていた

 

普段は言わない仕事の愚痴も少しこぼしつつ、「先輩はいつ頃、次のポジションを目指していますか?」と質問していた

先輩は、残り少しのビールを飲み干し、笑顔のまま、「俺、出世しないようにしているんだよね」と言った

 

「俺にとっては趣味の時間が一番大切」

「出世すると、管理の仕事が増えて、土日がなくなる」

「趣味の時間を確保するために、仕事の効率をめちゃくちゃ上げて残業しない」

 

その時まで私は「今の会社にいる人はみんな上昇志向で、出世して裁量の大きい仕事をしたい」ものだと思っていた

偏った思い込みだった

実際、先輩は「管理職の誘いを受けたが断った」と言っていた

 

「出世を拒む生き方」

そんな選択肢もあるのか、と衝撃だった

 

そして現在

その後の私は相も変わらず休日も勉強し、仕事を頑張っていた。

しかしある日、「もういいや」と憑き物が落ちた

 

出世・成長への欲望がなくなった

もともと自分のキャパシティを超えて無理をしていたのかも知れない

あるいは、自分の仕事における才能の限界を知ったからかも知れない

 

「仕事が人生のすべてじゃない」

そのことを自然と受け入れていた

 

しかしきっと

はじまりは「出世以外の生き方もあるよ」という言葉だったのだ

 

ふとした一言は、私の無意識に蒔かれた種となり、気づかぬ間に育っていた

 

それ以降の私は、休日は趣味に使うと決めた

就職後は封印していたサブカル趣味に没頭する日々となった

仕事での成長速度は下がったものの、以前よりも楽しい日々を送っている

 

あの先輩の一言がなければ、自分のことを競争から脱落した、ただのダメ人間だと卑下していたかも知れない

 

 

最近、新たに後輩ができた。

国立大学の博士卒の優秀な青年だ

プライドも高く、実際その自信に見合うだけ、仕事の速度も質も高い

その頑張りの裏側で、どこか未来への焦り、無茶な頑張りがあるように感じる

もっと難しく、大きな仕事をしたいという気持ちがあるのだろう

 

昔の自分を見ているようだ、と勝手に思ってしまう

 

「先輩はいつまでに次のポジションになる予定ですか?」

仕事の期末で忙しい時期

他の社員は帰って2人きりになったオフィスでそう聞かれた

 

脳内で、一瞬の逡巡

私は例の先輩のように、管理職を打診されるほど仕事の成果は収めていない

仕事がスゴいできて、その上で趣味も充実している、そんな器ではない

 

ただ

「出世を拒む生き方」の存在が、現在頑張りすぎている彼にとって、いつか意味を持つかも知れない

そんな思い上がったことを考えながら

 

私はこう答えた

「出世しないようにしているんだよね」 と

 

また一粒、新たな種が蒔かれたかもしれない

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