あるアルパカの知恵

たのしくて、やくにたつ

宮崎駿が飲み屋で語った「高畑勲への思い」

スタジオジブリの高畑勲さん、宮崎駿さん。

この二人の関係は東映動画時代から始まっています。

高畑勲、宮崎駿が出会ったきっかけ

東映動画の組合で、高畑さんが副委員長、宮崎さんが書記長でした。

それが知り合ったきっかけです。

そこから二人は仕事で、

  • 「太陽の王子ホルス」
  • 「アルプスの少女ハイジ」
  • 「母をたずねて三千里」
  • 「赤毛のアン」

などの名作アニメをたくさん作りました。

 

「風の谷のナウシカ」前日談

スタジオジブリ設立メンバーの鈴木敏夫さんという方がいます。

鈴木さんが宮崎さんに「風の谷のナウシカ」の映画化をもちかけます。
もともと「風の谷のナウシカ」はアニメージュで連載の漫画作品でした。漫画の途中までが映画の話ですね。

漫画の後半はかなり衝撃的な展開となっています。

(一部では、漫画後半を扱った「風の谷のナウシカ2」をやるんじゃないかと噂が流れましたがおそらく無いでしょう。漫画限定で楽しむことができます)

ワイド判 風の谷のナウシカ 全7巻函入りセット 「トルメキア戦役バージョン」 (アニメージュ・コミックス・ワイド版)

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宮崎駿が「風の谷のナウシカ」映画化にあたって出した唯一の条件

「風の谷のナウシカ」映画化にあたり、宮崎さんは一つの条件を出します。

鈴木さんの書籍「仕事道楽」から鈴木さんの実体験を引用します。

いよいよ映画化の話が本決まりというとき、条件があると言う。

「条件はただひとつ」とポツンと言ったんですね。

「なんですか?」と聞いたら、

「高畑勲にプロデューサをやってもらいたい」。

ぼくはそのとき、あまり重大に思わず、ふつうに「そうか」と思いました。

二人はずっといっしょにアニメーションを作ってきた盟友ですからね。

(略)

ところがそれは簡単なことじゃなかったんです。

ということで、鈴木さんは、高畑さんにプロデューサーになってくれと頼みに行きます。

(ちなみにこの頃の鈴木さんは編集者です。映画という企画を成立させるために動き回っています)

理屈っぽい人「高畑勲」

鈴木さんの書籍「仕事道楽」の中から引用します。

※彼=高畑さん ※僕=鈴木さん

二週間も通った挙げ句、彼が僕に示したのが大学ノート一冊。

そこに調べたことをどんどん書き込んでいる。

自分が付き合ってきたプロデューサーのことから、日本のプロデューサーにはどんなタイプのプロデューサーがいたか、アメリカ型のプロデューサーはどうか、ヨーロッパはどう違うか、等々。

(略)

そうしたら、ノートの最後の一行が「だから、僕はプロデューサーに向いていない」。

二週間も付き合ったんですよ、ぼくももういいかげん嫌になってしまう。

高畑さんは東大を出ているエリートです。弁も立つし、論理的。

そんな人に「~~の理由で持って私はプロデューサーになれません」と言われてしまったんですね。

 

宮崎駿が号泣し語った言葉

板挟みにあった鈴木さん。仕方なく、宮崎さんに「高畑さんがプロデューサーやりたくない」と言っていると告げに行きます。

ここからまるで映画のような場面が展開されます。

※宮さん=宮崎駿

「宮さん、高畑さんがプロデューサーじゃなければいけないんですか?」

そうしたら、彼は黙っている。

そして「鈴木さん、お酒を飲みに行こう」と言い出しました。

ぼくはお酒が飲めません。

宮さんもふだんは酒場に足を踏み入れない人です。

それなのにそう言う。ぼくも黙ってつきあいました。

 

飲み屋に行ったら、宮さん、日本酒をガブ飲みするんですよね。

ぼくはもうびっくりしました。

それまでぼくが見たことのない宮崎駿です。

それで酔っ払ったんでしょう、気がついたら泣いているんです。

涙が止まんないんですよ。

ぼくも困っちゃってね、言葉のかけようがなくて。

 

黙ったまま、とにかく浴びるように飲んでいる。

そして、ポツンと言ったんです。

「おれは」と言い出すから、何を言うかと思ったら、

「高畑勲に自分の全青春を捧げた。何も返してもらっていない」。

これには驚かされました。ぼくも言葉が出ないし、それ以上は聞かなかった。

「そうか、そう言う思いなのか」。

このシーン、映像がまじまじと浮かびますね……

さっそく、鈴木さんは「友人」宮崎駿のために行動します。

 

ぼくはその足で、高畑さんのところへ行きました。

「高畑さん、やっぱりプロデューサーをやってください」

「いや、このあいだ話したように、ぼくは向いてないんですよ」。

つい、でかい声になりましたね。

「宮さんがなってほしいと言っているんですよ、宮さんがここまでほしいと言っているんですよ。友人が困っているのに、あなたは力を貸さないんですか」

ぼくが高畑さんの前で大きい声を出したのは生涯一回、そのときだけです(たぶん)

もう理屈じゃないです。

そうしたら高畑さん、「はあ、すいません。わかりました」。

これでやってくれるようになった。

 

こうして、高畑さんプロデュースのもと、名作「風の谷のナウシカ」は生まれたのです。

まるでドラマのような現実。スタジオジブリは映画の裏側も、映画のような日常なのです。

 

以上の引用は鈴木敏夫さんの「仕事道楽」からでした。他にも面白い話がたくさんあります。事実は小説より奇なりを地で行くジブリの日常が垣間見える凄い本です。

仕事道楽 新版――スタジオジブリの現場 (岩波新書)

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おわりに

このエピソードから分かるようにジブリ設立の3人の関係、キャラクタはかなり個性的です。

  • 情熱的(感情的)な宮崎駿
  • 論理的(冷静)な高畑勲
  • 勝負師で二人のクリエーターに挟まれる苦労人な鈴木敏夫

 

「エンディングノート」を監督した「砂田麻美」さんが作った「夢と狂気の王国」というドキュメンタリー映画があります。

  • 夢と狂気の王国=スタジオジブリ
  • 王国の住人=宮崎、高畑、鈴木

です。

この映画はそんな3人の日常が映像で見られる作品です。

当時はあまり話題にはなりませんでしたが、隠れた名作です。

先程の話が面白いと思う方にはオススメですよー!

夢と狂気の王国 [DVD]

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以上、「宮崎駿が飲み屋で語った「高畑勲への思い」」というお話でした。

www.arupakano.com

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